昭和52年10月12日 朝の御理解



 御理解 第53節
 「信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者じゃ。」

 昨日の朝私がここを下りましたのは、九時ぐらいだったでしょう。何時も八時半に下るんですけれども。昨日あのお参りが続いておったから、ちょっと遅くなった。そしてすぐ、まぁ朝食を取らせて貰うんですけれども。半ばにある方がお参りをして、どうしても親先生でなからにゃいけんと言われるから、とこう言ってまいりました。それであの今ちょうどお食事中ですから、御理解でも頂いてちょっと待っとって貰いなさいと言うて、御理解頂いてもらって、食事をしておりましたら、また言うて参りました。
 それでよっぽど、何か火急のお願いかなんかだろうと思うて、ここへ出て参りましたら、金島のほうから参ってこられる婦人です。そしてお話を聞いてみたら、私ではなくても何でも良い。そんならあんたあっちの先生でん良かったじゃんのと私が。いいややっぱ先生の顔を見らにゃ落ち付かんて、いうごたる風でしたけれどもですね。本当にこの神様のご都合と言うことはですね。何時の場合でも恐れ入るのですけれども。
 そん時お婆さんと嫁御と二人で、もうそれこそ五年がかりで、十年の記念祭十年の記念祭と言うて、まぁ貯金をしておったのを、昨日下ろさせて貰うて嫁御と二人で、お供えに持って来ておるところでした。すぐ後にそれでここを開けて入ってきた時には、まぁあちらに先生か誰か一人おられて、言うならばお供えですから、誰が見ることも聞くことも要らん、神様がご承知なのですけれども、五年間のいわば思いと言うものがね、あのこうして、しかも嫁御と二人で仲よう持って来てる訳ですお供えに。
 それにやっぱり親先生が居って頂いたが、やっぱええ訳なんです。いやその私はあの思った事でしたけれども。はぁ神様が受けて下さったと実感です。もうあのあちらでその、まぁお届けしようかと思ってるところでしたから、そのそれこそ涙を流してから、そのことの御礼を言われるんです。ははぁ神様はその金島から参ってきた、その人はたいした用でも無いけれども、私にしゃっちもっち会わんならん。もう普通私は出てこんのですよね、九時ごろになりましたら。
 けれどもそういうほんなら、嫁と姑のその話し合いでまぁ僅かな金額でも、五年間がかりでおかげを頂いたそれを、今日は二人で仲ようお供え持ってきておるね。それを私が取り次がせて頂いたと言う事でです。はぁ神様が受けて下さったと、二人が思うたわけなんです。確かにやっぱそうだと思うんですよね。それがははぁ今日はあんた達の為に、神様がやぁや急かれてから、あの今の金島のあの方を使うて、神様がねあのしゃっちもっち、私が御結界に出てこんならんようになさったんじゃろうと言うて、まぁ話したことでした。本当に何でもない急き立てられる。
 まぁどういうせからしか、一時待っときゃ良かごてと思うた事が、ご無礼であったことが分かります。神様が急きよりなさるとです。神様が急き立てござると。そしたらそれがまぁだ次のおかげに繋がってるんです。飯塚から大学の先生をなさっておられる奥さんが、大変な病気でもう大変な苦しみなんです。それであの娘婿さんが、ここで暫く修行をしたことがございますので、あのまぁ今ではその、大学教授といわれる人ですから、その幾ら自分の嫁御の親父でも、歯が立たなかったんですけれども。
 一遍とにかく私が参りよる金光さんに参って、お願いしてご覧なさいと言う訳でね。それからあの暫く一ヶ月位、毎日参って見えましたでしょう。もうそれこそ医者がびっくりする様に、痛まんならん筈のが痛まん、もう全然苦しみがなくなって、もうこの模様なら、退院しても良かろうと言うごとおかげを頂いた。それからすとっと参って見えんから、どうした事じゃろうと思ったら、あの昨日お参りして見えました。その娘婿さんからお届けはあっておりましたけれども、その奥さんが亡くなられたとこう言うのです。
 ところがあまりにも素晴らしい、その例えば何とか癌という大変難しい病気でした。けどもこの病気はこんなに苦しまん筈はないと、お医者さんが言われるのだけれども。苦しみもなしそれこそ安らかなお国替えのおかげを頂いたから、お礼参りをしなければおれんほどしのお国替えであったと言う訳なんです。それであのその事を、お届けさせて頂いて、本当に信心もなかった者が、病中ではあるけれども、ご主人のあなたがお取次ぎを願われて、天地の親神様との関係を作って上げられた。
 こんな御霊様の世界に行かれても、死んだからと言うて、神のおかげを頂かんわけにはいくまいがと教えられるように、これからも天地の親神様のおかげを、金光大神のお取次ぎによって、御霊ながらの助かりを願って行かれる事でしょうと言うて、まぁお取次ぎさせて頂きましたら、大変その事を喜ばれまして、もう実は年も段々取って参りますが、これから家内を亡くして、淋しいけれどもです。どういう生き方を是からしたならば宜しいでしょうかと言うて、まぁしみじみお届けをなさいました。
 そうですね今までの様な生き方では、ただ寂しいと言う事だけでしょうし、やはり信心はこれからも続けておいでられなければいけません。そこでほんならどういう苦しい時であろうが、悲しい時であろうが、または嬉しい楽しい時であろうがです。調子に乗り過ぎることもなからんなければ、また調子を落とすこともない、言うなら信心の言うならば、おかげの中で生活をさせて頂く。私はその三人で参ってみえたんですけれども、ここへ見える時に、ここに今あのこの頃、御本部から頂いて帰ってきたパンフレット、皆さんもこれを頂かれたでしょう。
 ここの所の図案がねあのこれは五線譜なんです。あのお玉杓子が書いてあるわけで、その五線譜にこんな人間の顔を、色々こう漫画風に書いてあります。ここんところを頂きますもん。それでね実はこれを示して私が申しました。所謂こう言う様にですね。例えばあのリズムに乗った生き方、勿論天地が奏でて下さる所の、そのリズムが感じられる、分かる様なお繰り合わせを頂かれるとね。
 それは苦しい事もあります、悲しい事もあります。又は嬉しい事も有頂天になる様な事もあろうけれども、このリズムに乗っていくのですから、狂いがありません。そして段々分かってくると、それがもう有難うして楽しゅうして、愉快になってくるです日々が。そういう生き方を身に付けて行く事の為に、人間は万物の霊長だから、万物を見て道理に合う信心をせよと仰せられますから、道理に合う信心をなさらなければいけませんよと言うて、お話をした事です。
 そして教祖様の御教えを、丁度今度の教報に書いてあるところを読んでおりましたから、その事をお話いたしました。教祖様のお言葉ですから読んでみましょう。佐藤紀夫先生いわゆる、あの佐藤宿老にお伝えになったお言葉なんですね。御陵と言うのはあの佐藤宿老のお広前のあるところを御陵と言うのですね。「御陵にはもう教えられることはあるまいと思いましたが、また教えがありましたなぁと、御祈念にご裁伝として伝えられ、結界に下られると語られて、教祖の神もお喜びになった。
 一通りの教えが済んで。もう変ったお伝えはないと思われても、変ったご神伝があるとお喜びになった。教祖の神は此の方の話は、学者の話や講義と違って、ここが続き切れ目と言う事がない。天地のある間は天地の話がみてると言う事がないと語り給い。実に此の方は天地の道理を説くと教えられたのである。」この天地の道理という事、それがこのお話と言うものは、もうこれまでともうこれから先はないと言う事が、絶対に無い事を説いておられます。
 私はここんとこを読ませて頂く時に、合楽の場合もそうだなと思うです。私が三十年間この教典一冊、百八十三か条の御教えの中から、毎日毎日このことばかりを説き続けて、まぁだほんなら一遍でも同じ話がないでしょうが。尽きることがない限りがない。もうこれまでこの御教えはもうこれまで。もうこの御教えはこのことが全てと言った様な事がない。その深遠さにはもう只々恐れ入るばかり。この天地の道理と言う事の中に、金光声明に、そういう。
 それにはねちょっと印しとったけど、分かりませんけど、こう言う事を教祖様が仰っておられます。これほどしの道理はあるまいがと言う事についてですね。「神様がこの身体をお作りになったのだ」と。だからこの神様に具合が悪かったりする時には、修繕を頼むと言う事ほど、道理にあったことはあるまいがと。大工が家を建てられる。だから家がいうならば修繕しなければ、箇所が出来たときには大工に頼めば、ちゃっとキチット修繕してくれるようなものじゃ。
 この様な道理にあった事はあるまいがと、説いておられるところがあるんですけどね。意味は、そういう意味なんです。してみると私共のね。合楽の生き方と言うものが、いうなら、如何に素晴らしいかと言う事が分かりますね。それは天地の道理は沢山あります。けれども、その中の一番素晴らしい道理はです。神様がお作りになった、この身体だと。だからこの身体の事を。病気をした時にこの神様にお願いをして、さぁ医者じゃ薬じゃと言わずにおかげを頂いたら、一番道理にあったことだと教えておられる。
 そういう意味で、合楽で教えを頂いておる、私共は本当に素晴らしいことだと思います。そういう道理に合うた、天地の道理に合うた生き方をするから、天地の心が通うてくる。天地のいわばここで言うリズムが、一つの旋律となって私共の周辺に起きてくるのです。丁度このパンフレットに書いてある、この五線譜に様々な人形の形が書いてあるがね。そのリズムに乗るという事。そこからです私共がね例えば苦しいことやら、ほんなら先ほどのせからしかねぇ。社長じゃなかで良かろうという様な時でもです。
 すぐ私分からせて頂く事は、神様がこんな働きを持って次に参ってくる者の為に、わざわざ私を急き立てておられるんだと言う事が分かった時に、その事が非常に尊い素晴らしいものに感じられるでしょう。そしてほんなら今その大学教授の方のお話を伝えた事も、ほんならその話をさせて頂く。リズムに乗ると言う事はこう言う事ですよと。言うならば私共の日々の中に、素晴らしいタイミングが生まれてくるんですよと言う事なんです。だからはぁ腑が良かったと言う様な事は、そんなに続くものじゃありません。
 けれどもリズムに乗るとです。もうそのタイミングの素晴らしさという事は、もう本当に只々恐れ入ってしまう、神様の働きには恐れ入るなぁと言う、恐れ入った生活が出来る。人間の一番素晴らしいのは、恐れ入った生活が出来ると言う事だと言う様な事を、聞いて頂きました。昨日は南米から、三通の手紙が、こうして参りました。勿論これは記念祭のお祝いを述べておられますが、私は本当に有難いなぁと。そらブラジルと言う所は、大変な広い所だそうですから。
 あの所謂サンパウロと言う市が、九州の広さあると言うのじゃから、サンパウロ市が。そこからまた八時間かからなければ、そのビリグイに行かれないのだけれども、隣の町と言うたっちゃだから、どの位はなれておるか分らん訳です。ところが隣近所の町の方達から、電報が来てるんです。隣近所にやっぱその信者さん方がおる訳です。ビリグイだけじゃないと言う事です。一人なんかは確かその方だろうと思うのですけれども、あのまぁだ、拳銃で打ち合いをするような未開の所がある。
 そこんところに行かれて、大黒様をお供して。ビリグイ教会何々支部として、あのおかげを頂きますから、この大黒様で自分の周辺の者が助かるようにお願いをして下さい。だからもう私は、そこの支部長だというふうに言って行かれた方がですね。その何とか支部ちそのビリグイの何々支部で、おかげを頂いておる者ですが、どうぞ一日も早うこちらから、お取次ぎをして下さい。先生を送ってくれと書いてあります。他にも信徒代表の方、それから何とかち言う口こじるごたる事を書いてある。
 タビライ町ち書いてある町。タビライち言う所。それからもう一つはねゲナーエスち言う所のご信者さんが、あのお祝いのこれはあの簡単に書いてあるのは、電報でしょうが参っております。そういう例えば働きが起こるまでにはね。神様がどのくらいな働きをなさっておるか分からんと言う事です。目には見えないけれどもです。はぁあれがおかげじゃったなぁ。これもやっぱおかげであったなと、例えば中心である末永先生が、思いよることだろうとこう思うです。
 そしてあれもおかげであった、これもおかげであったと分かる所から、本当の信者が生まれ本当の信心が出来、そして本当ないわばおかげが頂けておる訳であります。恐らくもう今朝はこちらへ発っとりますでしょうね、飛行機が。十三日に明日着くんだそうですから。まぁそういういっぱいの思いを持って、内地日本に帰ってきております。本当に考えれば考えるほど、本当にあれもおかげであった、これもおかげであったと言う事ばかりの中に、合楽がありますビリグイがあります。
 または皆さんがあります。ですから私共はどう言う様な事のなかにでもです。せからしかねぇてんなんてんと、やっぱはぁなら神様のご都合じゃろうと思うて頂いていくという生き方がね、愈々身に着いてこなければならぬ。そこからはぁ成程やっぱりおかげであったなと、昨日私がお取次ぎさせて頂いた、その二三人の方のお話を聞いて頂きましたように。目には見えないけれども、神様の働きが生き生きとしてあっておると言う事実を、信心させて頂いておる、日々お取次ぎを頂いてのことであるから。
 どんなにせからしいなぁと思う様な事であっても、はぁこりゃ神様がとこう気付かせて頂くところに、もうその事もおかげであると分かったと同じ事になります。だから神様のおかげと分かったら、どう言う事になるかと言うと、それが本当の真実と書いてあります。本当の信者じゃと教えられるのですから、愈々本当の信者を目指させて貰うて、本当のおかげを頂かせて貰わんならんですね。
   どうぞ。